有名度と、能力度は比例しないな。
沢山の人を見てきたけど、有名だからと言ってその筋の達人って事はむしろ少ない。
世に埋もれる寡黙なスペシャリストのほうがよっぽど多い。
ただし、発信が下手だと人に知られることが少ないんだよな。
そもそも、その道一筋の人が拡散やアピールまで上手な確率が少ない。
それよりもニワカを知った風に上手く喋り回るほうが有名になれる。
口だけ回る奴は、よく知らないことも知ったように後出しジャンケンで発信するのも上手い
人間は愛着や入れ込みがある生き物です。
自分の周りの人や自分の所属している会などは正しいと盲信しがちです。
そういった盲信が自分を含めその環境の発展を妨げている場合を良く見ます。
批判をすることは得策ではありませんが、シビアな目で間違いを見つめる事は
公私共に発展の為にプラスになると思います。
逆に盲信ほど愚かな事はないと思います。

これワシがよく語る経験。
単価低い客を相手にしないだけでかなり快適になる。
腕に自信があれば安売りはすべからず。
厳しいが人の為になる言葉を発したい。
厳しい時点で噛み付いてくる奴が多い。
困難に立ち向かってこそ俺。
偏差値が高いってのはレアだって事でしかないよな。
勉強っていうカテゴリーでレアに獲得点数が高いってだけ。
それだけで人として優れているってわけじゃなよな。
人としての評価値は多くあり、多方面に能力が高くないと、評価に値しない事が多いと思う。
同じ事象でも自分に都合が良いと神の支援、都合が悪いと悪魔の邪魔的な発想をする人を見かけます。
神の支援や悪魔の邪魔はアインシュタインに聞いても存在すると言うでしょう。
私もそいうった事は存在するとおもいます。
しかし、事柄の根本を自分の都合で解釈すると道に迷います。
指針の基本が世界全体のプラスになるかマイナスになるかを基準に考えようと私は思っています。
正しい事はなぜ正しいか?? 考えると沢山の発想が湧いてきます。
努力を否定するような表現です、現実的にみて上手く行っている人はツイている場合が多いです。
ツキと言う力も使うことがより良いと自分は考えています。
そこでツキをいかに掴むかですが、例えば宝くじが当たる確率を上げる方法としては
当たりやすい場所で買うとか、当たりやすい日を選ぶとかもありますが。
ビジネスにも応用できると思うのですが、宝くじをたくさん買う事も確率を上げる方法の一つでしょう。
回数を増やす、場数を踏む、コレはビジネスで当たり前の事かも知れません。
しかし努力の中から実力以外のものを引き寄せ居ていと考えると気があります。
ツキとは実は努力の末に付随してくる物であると思うのです。
クレジットカードのポイントでも沢山使う人は還元率が上がったりします。
努力も積み重ねスキルが上がるとドンドン成果が上がりやすくなります。
この世の現象として、例えば磁石は近づけるとその距離の逆数に反比例して磁力が上がります。
1の努力からは1
2の努力からは4
3の努力からは9
4の努力からは16
5の努力からは25
こういう数式がこの世で物理的な現象として成り立っている部分があるのです。
努力の末当たりやすくなるってのはこの世の法則のようです。
努力しても成果が出ない時、その努力が無駄でなかったと信じたいものです。
