ワシの老体。
現代人部下みたい。
しばきすぎると拗ねるし、更にしばくと壊れる。
なだめてすかして育てる。
ほんとに俺の体かよ??
昔は根性根性ど根性。
しばきまくって痛さも治したのになぁ。
ワシの老体。
現代人部下みたい。
しばきすぎると拗ねるし、更にしばくと壊れる。
なだめてすかして育てる。
ほんとに俺の体かよ??
昔は根性根性ど根性。
しばきまくって痛さも治したのになぁ。
根に持つ、持たないって事において、
何でこんな男女差がでるんだろ?
ちょっと癇に障ると、自分の事言われてるのでもないのに大炎上して噛みいてくるのが女に多い。
ハゲ、オヤジ、キモい、問合われ全部の男を性犯罪者扱いされても、男はそうそう炎上しないんだが。
騒いだって何の解決にもならないのになぁ。
やっぱり金持ちになるにはまず支出減らさないと始まらないなぁ。
どんなに稼いでもだだ漏れじゃ絶対裕福になれない。
支出を減らすことを「出来ない」って思ったら試合終了、退場。
出来ないって言ってるうちは絶対できるようになれない。
世の中効果があり満足感を得るための方法は簡単じゃないんです。
簡単じゃないからって諦める人はそれで終了です。
簡単じゃない事にトライする事から物事始まります。
支出を減らすってのは、闇雲に減らすのでなく、
支出の有効性を上げるって難しい内容を含んでます。
リターンのある出費はどんどんすべき。
ただし、酒飲む出費は大抵が言い訳、収支赤字がほとんど。
時間は誰でも等しく24時間である。
これは正しくて正しくない。
俺は一体何を言っているのだろう。
実は時間は伸び縮みする。
100年近く前に発表された相対性理論で証明されている事である。
といってもあまり実感が沸かないと思うので、相対性理論発見のエピソードを一つ。
英雄色を好むと言いましょうか、アインシュタインも色を好んだようです。
好きな人と居るとあっという間に時間が過ぎてしまう、、、これは時間が縮んでいるに違いない!!
とまぁ多少私なりの解釈はあるものの、大方こういった経緯で思いつきそれを証明してしまったのが
相対性理論の始まりのようです。
何を言いたいかと言うと、時間が伸び縮みしている感覚を誰しも味わっているのではないかと言うことです。
その感覚は正解で実際に時間は伸び縮みしているのです。
それでは都合の良いように時間を伸び縮みさせてイージーな人生と仕事をやろうじゃないかと私は発しています。
仕事では先ず片づけ整理をすると仕事の流れが早くなり、相対的に時間が伸びます
効率化以上の効果をだし、本当に時間が伸びていると言った実感を得られるでしょう。
片付けはデスクだけでなくワークフローもそうで、この片付け整理の時間を日々少し取る事に効果があると思います。
整理整頓で早く良い仕事をしましょう。
相対性理論も応援してくれます。
情報過多の時代。
あれもこれも手を出すべきではないなぁ。
一芸に秀でるためには、一点集中。
食いかけだらけの未達ばかりだと、実りを得ず幸福になれないよねぇ。
指導者は
人の長所を伸ばす指導をするのが良い。
伸びやすく当人のメンタルも上げられる。
自身は
自分の欠点を治しに行くのが良い。
せっかくの長所が欠点で台無しになっていることがある。
有無言わさずやらせるのは
高確率でスペシャリストを育てられる。
育ってしまえま自身も苦しかった過去を良かったと思える。
さぁ、何が正しい??
人に褒められるのはモチベーションが上がりますね。
しかしワンランクアップを狙うのであれば、自分で評価してモチベーションを上げられるようになりたいです。
その評価が正しいもので、尚且つ自分が達成した事に満足が出来ると、誰にほめられるわけでなくモチベーションを上げることが出来るでしょう。
天才と呼ばれる人たちは、天才が故に理解されることなく正当に評価されないことがあります。
しかし彼らは自己の中から物事を生み出す種類の人なので、自己で自己を評価しモチベーションを上げることが出きる人が多いように見受けます。
評価されない人生の中でも、成功の実績を積み重ねていく上で耐性が形成されるのかも知れません。
ココでの注意点は、自己評価を誤って実績を単なる自己満足で終わらせてしまうこと。
自己満足の勘違い人間にならぬように、何らかのガイドラインを持ちたいものです。
最近は文化として認められ市民権を得てきたオタク。
文化としては良いと思うし最近は前向きにその人のキャラクターを示す言葉となったと思う。
20年ほど前「オタク」という言葉が発生した頃はマイナスなイメージの言葉であったが、
今もそのマイナスの要素としての用法もあると思う。
今回は敢えてそのマイナスな要素の「オタク」という意味あいで語ろうと思う。
昨今は情報が洪水のように流れ、経験などなくても知識だけが先行する世の中だと思う。
今も昔も経験も無いのに雄弁に語る人は敬遠されるのではないだろうか?
我が身を振り返る。
確かに私も経験が薄い内容に関して語っている時もある。
しかし経験の薄い事に関し語る時、聞く側の反応が弱い薄いと感じる事を再認識した
聞く側が人の話を聞かないと一方的に相手のせいにしていた自分に気づく。
自分の経験の深い事に関しては言葉少なに語っても聞いてもらえる。
異業種の、私の語る内容に接点のない人でも非常に興味深く聞いてもらえる。
多分ここには言葉という国語的な意味合いの成分よりも「魂」という学術で解明されていない力が影響してるように思える。
こういう意味で「オタク化」を避けたい。
語るならしっかり経験を積んで語りたいと我が身を引き締めた。
語りに「魂」が乗り人の心を震わせる言葉を発するために、自らの経験値を上げそして人々に影響を与えたい。

力を持ちたければ、やっぱり一番簡単明確で、総量増やす方法も明確なのは「金」だね。
勉強して資格とって転職してれば、まぁ10年も繰り返してれば年収1000万は簡単に届くんじゃない?
年収1000万って日本に4%居る。
100人の競争で4位以内取れば行けるレベル。
別に難しくない。
で、
金持っても力は手に入るが、
その力、有効活用しないと空回りする。
悪い女に引っかかると、年収1000万何か全然足りない。
オカシイ女に金を使うと、上下関係を勘違いされる。
バブルのときの貢ぐ君ってのがよく言い表してる。
もらってるだけの女のほうが偉いって勘違いされる。
アホなことだ。
バカとアホな酒飲むのに使っても全く意味がない。
バカに奢るなど愚の骨頂。
ただ酒飲めるただの金づるにされる。
なんでオマエの飲み代俺が払うのが当たり前なんだ?
世話になってるならオマエが払うのが筋だろうよ。
リターンのないものに金を使っても意味がない。
払う、払わされるって事は、結局風下に居ることになるってのが現実。
それ、力持った事にならない。
持った力を有効利用して、効かせる事によって初めて力を持った人の評価を得られる。
金と力を持つと、公益を意識しだすものだ。
なにかのためと思って、金も力もだして、結局無意味に終わる。
こんな事よくある。
それは出力先を間違えているからに他ならない。
数十年掛かって人類が気づいた事を一つ言えば、
アフリカにいくら支援しても難民は居なくならない。
困っているからと言って、助けることがすべての善じゃない。
助けるためのその力、有益に使わなければ、世の中全体へのプラス効果が出ない。
無駄なものに力を使うより、有効なものに力を使わないと、ただの無駄になる。
溢れた富は公益として困窮者を救える。
税金払ってれば生活保護費が出せる。
有益な者同士が力を合わせあって、より大きな力にすることが重要。
ダメなやつに足を引っ張られてともに地に落ちてたら、世の中全体が萎縮する。
自分と自分の関わるおおかた1000人のコミュニティーでの経験値です。
女の能力のうちなかなか凄いのは男の本能振り回す能力。
そして男は振り回されて幸せ。
ギブアンドテイク。
がしかし、最近成り立ってない世の中(笑)
結果を得るために、話し合えないコミュニケーション力の低さ。
間違えたときに認められない肚の括りの無さ。
一時我慢しなければ実りを得ることが出来ないと知らない、経験してない浅はかさ。
間違えている事を間違えていると認識せず自我で押し通している人が増えすぎている。
こういったものが世をおかしくしている。
そして、楽をして自分の首を絞める結果に至っている。
基本的に幼少教育が大きな影響を与えると考えているが、
基礎教育と親権者による正しい強制力の発動が薄い。
感情論でなく、世の理としての善悪に関して、正しく方向を見出していかねくては、世が崩壊しかねない。
嫌なこと全てから逃げていては、クズしか発生しない。
クズは人に迷惑をかけ、更には自分の首も締める。
駄目なことは駄目と言える世の中にしなければならない。
世にはこれが正しいと言うことがある。
多様性などと言って少数の意見を標準化する事で多くの利益が失われる。
社会を構成しその福利を享受しながら生きていく現代に置いて、大多数側の利益は重要である。
話し合い、落とし所を付ける。
ソレこそが大事とおもう。
不勉強な我慢を知らないものの、浅はかな思考とワガママに付き合う事に、一部の理も見いだせない。