最近気づいたトレーニング注意点。
特に歳を重ねた人。
筋や関節を痛める恐れがありますが、そのリスクをアップさせるのが衝撃荷重。
それを避けるために
1,下げるときはゆっくりを心がける。
2,下げ止まりをふんわり、ガツンと止めない。
3,無理に下げすぎない、ハーフでも良いくらい。
これだけで関節結構楽になります。
スクワットなんか特に体重全部を一気におろしてガツンと止めると、そりゃ関節痛みますわって感じ。
先日ダンベルプレスのとき、握るポジション悪いからと言って、持ち上げたままダンベルポンポン跳ね上げて位置調整してて筋ヤりました。
ウォームアップ重量程度、ポンポン跳ね上げられる重量で簡単に筋がイってしまい気づいて、それからどんなトレーニングも下げを丁寧にやった所、各所関節が楽になったため皆さんにシェア。
良い女性の条件を回想していた。
高収入というフィルターで考えてみた。
、、、、
高収入女性って、男化してる場合が多い。
ともに過ごす時間が楽しい女性パートナーって意味では、結構楽しい時間が多かった。
それはそれで一つの結婚スタイルかなぁ??
でもチョット自分の希望からは逸れる。
結婚って結局、その人が求める相手を求めて妥協する必要は無いと思うんだよね。
ただ、条件によってはソレが叶わない場合がある。
わしの場合、別に無理してまで結婚しなくていいのである。
しかしまぁ、貧困女子問題とか大騒ぎするのを見ると、微妙な気持ちになる。
なんでも人のせいにして幸福にはなれない。
人を幸福にするものは、その人の努力のみだ。
誰かにぶら下がって幸福になろうったって無理な話。
苦労しないで得たものにはその中身がない。
多くの人々が幸福になれることはない。
世の中何かが間違えてる。
小さな努力でも、小さな実りでも、
人に与えられたモノからは得られない充実が有る。
実りが溢れた時、初めて人に与えられる。
実りの意味を理解している人が与えられたなら、
そこには本当の感謝と、努力と達成の分かち合いが生まれる。
怠惰なカスに与えても、何の感謝もされない。
感謝は言葉じゃない、行動でに出る。
実りを与えてくれた人を裏切る。
それが一番感謝のない行動である。
そんな奴が増えた。
不幸のブラックホール。
結果を得るために、話し合えないコミュニケーション力の低さ。
間違えたときに認められない肚の括りの無さ。
一時我慢しなければ実りを得ることが出来ないと知らない、経験してない浅はかさ。
間違えている事を間違えていると認識せず自我で押し通している人が増えすぎている。
こういったものが世をおかしくしている。
そして、楽をして自分の首を絞める結果に至っている。
基本的に幼少教育が大きな影響を与えると考えているが、
基礎教育と親権者による正しい強制力の発動が薄い。
感情論でなく、世の理としての善悪に関して、正しく方向を見出していかねくては、世が崩壊しかねない。
嫌なこと全てから逃げていては、クズしか発生しない。
クズは人に迷惑をかけ、更には自分の首も締める。
駄目なことは駄目と言える世の中にしなければならない。
世にはこれが正しいと言うことがある。
多様性などと言って少数の意見を標準化する事で多くの利益が失われる。
社会を構成しその福利を享受しながら生きていく現代に置いて、大多数側の利益は重要である。
話し合い、落とし所を付ける。
ソレこそが大事とおもう。
不勉強な我慢を知らないものの、浅はかな思考とワガママに付き合う事に、一部の理も見いだせない。
だれかに物を教えると言うのは難しい。
難しいと思う中で最も困難と思えることが相手の自尊心を保つ事であると思う。
教える対象が自分より目上の方であったり、ステータスの高い方であったり、
ただただプライドの高い人であったりする場合、相手の「自尊心」との戦いになる。
と言っても戦ってしまってはその時点でこちらの負である。
こちらが教える立場である以上内容としては最初からこちらの勝ちが確定している。
しかしながら「教える」ことがミッションとなる今、どの程度相手に伝わったかで勝敗を語りたい。
そう、戦うとこちらが勝ってしまう。
相手の自尊心を挫いた時点に相手の中に強く刻まれるのは、プラスの知識でなくマイナスの感情となってしまうのではないだろうか?
