AOD Group

ヘッダー画像
常識を打ち破るブログ

自分の敵は自分の中だな。

人と競っててもなぁ、

絡みついてくる奴がただうざい。

家庭用原子力発電機なんて近いね。

反原発ってなんなんだろね?

https://www.mhi.com/jp/news/201203.html

楽をして稼ぐ

楽をして稼ぐ事は必ずしも悪いことではない。
ビジネスの善悪の判断はそのビジネスが何かの役に立っているかどうかが一番重要だ。
そのビジネスが誰かの役に立っているなら、むしろ楽をするに越したことはない。
だからまずは役に立つことであるかどうかを真剣にチェックしたい。

話しても分からない奴はブン殴ってしまえ!

こういうのが駄目になった世の中、奥村みたいなとんでもないややつが湧いてノサバッてる不愉快な世の中になってと思う。

いや、おれ、最後には殴るよ。

成功と失敗

成功の裏に失敗の積み重ねがあるのは常。
逆に言うと失敗しない事には成功に辿りつけないものです。
さらにアグレッシブに攻めの挑戦をするなら、失敗はたり前。
何度も何度もトライしてやっと成功に辿り着ける。

失敗を嫌うのは前進を妨げる事になります。
しかし無駄に失敗したり、壊滅的ダメージを受ける失敗をするのも良いとは言えないと思います。

失敗に対するマネージメントと上手に向き合うスタンスが 求められるのでしょうね。

転んでもタダで起きないと言いますが、失敗からはキッチリ学ぶ事と
壊滅的ダメージは避けることを念頭に失敗しまくれば、いずれ嫌でも成功すると思います。

オタク化

最近は文化として認められ市民権を得てきたオタク。
文化としては良いと思うし最近は前向きにその人のキャラクターを示す言葉となったと思う。
20年ほど前「オタク」という言葉が発生した頃はマイナスなイメージの言葉であったが、
今もそのマイナスの要素としての用法もあると思う。
今回は敢えてそのマイナスな要素の「オタク」という意味あいで語ろうと思う。
昨今は情報が洪水のように流れ、経験などなくても知識だけが先行する世の中だと思う。
今も昔も経験も無いのに雄弁に語る人は敬遠されるのではないだろうか?
我が身を振り返る。
確かに私も経験が薄い内容に関して語っている時もある。
しかし経験の薄い事に関し語る時、聞く側の反応が弱い薄いと感じる事を再認識した
聞く側が人の話を聞かないと一方的に相手のせいにしていた自分に気づく。
自分の経験の深い事に関しては言葉少なに語っても聞いてもらえる。
異業種の、私の語る内容に接点のない人でも非常に興味深く聞いてもらえる。
多分ここには言葉という国語的な意味合いの成分よりも「魂」という学術で解明されていない力が影響してるように思える。
こういう意味で「オタク化」を避けたい。
語るならしっかり経験を積んで語りたいと我が身を引き締めた。
語りに「魂」が乗り人の心を震わせる言葉を発するために、自らの経験値を上げそして人々に影響を与えたい。
nissyou

政治とか、SNSの規制システムとか、

納得行かないものは沢山あるだろうけど、

文句言うのは必要だし良いと思うが、

実際文句言ってもそうそう変わるもんじゃないという前提で、

手の届く範囲の自分なりの対策を講じるってのは必要だと思う。

言っても聞かないバカ、理解しないバカ、話の通じないバカもそう。

手の届く範囲の対策って大事。

デブって言われて嫌なら、文句いうより痩せろってこと。

いくら人を傷つけるなって言って、相手が納得して謝ったとして、

お前のデブは治らない。

言わないだけで多くがお前をデブだと思ってる。

バカもし然り。

バカな短絡的行動も同じです。

600馬力

運動と睡眠。
よく寝れるようになる運動は、筋肉に乳酸が溜まってだるくなるよな運動。
最近超高負荷でトレーニングしてて、筋力の限界でやってるため、各所だるくなるような運動はしていなかった。
運動総負荷量多いはずなのに眠りが浅いなぁと思ってたのです。
筋肉しばきすぎてマジ痛すぎる用になったので、回復用運動として半分の重量で20回とか多めの回数をやって、筋肉のだるさを久々に経験。
そしたらよく寝れるのでした。
多分、運動したつもりで、乳酸たまらない系のだるく成らない運動も眠りにはあまり効果ないかも。
参考までに。

ダイエットっていうか健康管理方法の良い方法。
食ってすぐ太るとか、断食してすぐ痩せるとかない。
体に溜まってるものの増減のみ。
カロリー管理を週単位にする。
コレ楽。
食いすぎたらしばらく辛抱。
1週間単位でカロリー制限しとけばええ感じになる。
男女個人差あるけど、1日2000キロカロリーくらいにしとけばスマートになる???
じゃ1週間14,000キロカロリー。
コレで決まりよ。
、、、中学の時のワシの1日の摂取カロリーやん。

ハイボール

ひらめき。

人にものを教えるってのは、自分の服をあげるようなのかな。

そのままバッチリ合う人もいれば、

あちこち直さないと合わないものもある。

しかし、本人が着ているときはバッチリだった、、、

イヤ、稀に本人が着ているときからトンチンカンもあるか、、、

そりゃ傍から見てもわかることで、、、

どんな良いものでも合わない時もある。

上部へスクロール