そばにいても、あなたに恥をかかせないように、チャントしてなきゃ、、、
って、フリで言える言葉じゃないよな。
軽く月に100は稼ぐくせに、控えめなもんだ。
出来る奴だから、色々出来るのかね?
そばにいても、あなたに恥をかかせないように、チャントしてなきゃ、、、
って、フリで言える言葉じゃないよな。
軽く月に100は稼ぐくせに、控えめなもんだ。
出来る奴だから、色々出来るのかね?
大悪と戦うよりも。
揺るがない正しい自分と仲間を作っていく事が、幸福への近道と思う。
大悪は案外、直接的害悪がない。
なにか新しいこと、革新的な事をしようとするとそこには摩擦が発生します。
ありとあらゆる批判と抵抗が発生します。
その内容が素晴らしいことであれば有るほどにその摩擦は強くなります。
革新的アイディアを発しこの世に影響を与えようと考えるなら摩擦との戦いを決意しなければなりません。
ただ、、、
真剣に自分が間違えている場合もあります。
真剣に自分が馬鹿な場合もあります。
その見極めをしかりして、間違えていたなら即回収方向転換することです。
間違ったら責任を取る覚悟を決めて突進するのです。
そのくらいの気概がないと物事を変えられません。
師匠。
数人居る。
偉大な師匠で、到底及ばないと思って尊敬してた。
が、今、まず間違えなくワシは師匠を超えてる。
それを師匠は喜んでくれ、私を讃えててくれていた。
流石に現実として師弟ともに、時代の変遷と世代交代を認識していた。
がしかし、
師匠は師匠だ。
師匠が居たから私が居る。
人は老いて、いつか萎んでいく。
それでも師匠は師匠なのである。
この感覚、日本だけなのかなあ。
日本を踏み台にして、一部数値で日本を超えたくらいで急に上から目線になる。
自分の方が力を持ったら、次は師匠を支える番だろう。
人から教えを受けつつ、虎視眈々とその師匠の足元をすくうタイミングを伺っていたと言うのか?
まぁ、いいよ。
そんな事してたら、次にヤラれるのはお前だぞ。
社会において幸福とは他からもたらされる。
そんな足の引っ張りあいでは幸福を得ることは出来ない。
俺と師匠で、頑張った痕跡を眺める人生後半。
こんな幸福、わからないんだろうなぁ。
女って生き物はそんなに好き嫌いが大事なんかな?
大事だったらコロコロ変わるなよな。
「永遠に愛してる」とかよく聞くワードだが、お前の永遠って何ヶ月なんよ??
今月、中国の北京市内で拘束された日本人男性は、アステラス製薬の50代の幹部社員であることが会社関係者への取材で分かりました。 会社関係者によりますと、今月、中国・北京市内で拘束された日本人男性はアステラス製薬の50代の幹部社員であるということです。 肩書きや年齢、拘束された経緯などについては明らかになっていません。https://news.yahoo.co.jp/articles/1b5f974371e2f405f474f8ee267d99c5ce27fbf1
「文体はその人の思考そのものである」——これは19世紀のフランスの博物学者ビュフォンの言葉だが、SNS全盛の現代において、これ以上に正確な観察はないかもしれない。
近年、AIや言語研究の分野では、文章から書き手の知能レベルや思考構造を推定する手法が実用化されつつある。語彙の多様性、文の構造の複雑さ、論理の接続方式、反論への耐性——これらは数値化・定量化が可能であることが示されている。
しかし、そんな分析ツールがなくても、人が書いた文章を読めば、その人の知性の輪郭はほぼ見える。
これは残酷なことでも、エリート主義でもない。ただの事実だ。
SNSには日々、怒りに満ちた投稿が溢れる。政治、経済、有名人、他者の生き方——あらゆるものへの罵倒が、スクロールの中に流れていく。
問題は、その多くが反論を想定していないことだ。
論理の飛躍、根拠の欠如、感情的な断定。書き手本人は「真実を言っている」と思っているが、読む側には別のものが見えている。怒りの強さではなく、思考の粗さが。
古代ギリシャの哲学者ソクラテスはこう言った。
「自分が何も知らないことを知っている——それだけが、私が他者より少し賢い点だ」
無知の自覚こそが、知性の出発点である。「吠え散らかし」が醜態なのは、その自覚がないからだ。
もし自分が荒れた投稿をして、たくさんの「いいね」をもらったとしよう。
それは成功だろうか?
アルゴリズムは感情的反応を最大化するように設計されている。 怒り、嫌悪、恐怖——これらはエンゲージメントを高める。Facebookの元社員による内部告発でも明らかになったように、プラットフォームは「良質なコンテンツ」ではなく「反応されるコンテンツ」を拡散する。
つまり、感情的な「吠え散らかし」に「いいね」が集まるのは、それが優れているからではない。それに反応する層が存在するからだ。
そしてその層は何者か。
同じ感情回路を持ち、同じ思考パターンで動き、批判的な検討をせずに「わかる!」と押す——そういった人々だ。
カスの頂点に立ったところで、何ひとつ恵まれない。
これは冷笑ではなく、構造的な事実だ。自分より賢い人間は「いいね」を押さない。スルーするか、静かに離れていく。残るのは似た者だけ。こうしてエコーチェンバー(反響室)が完成する。
心理学には「ダニング=クルーガー効果」という現象がある。
能力が低い人ほど、自分の能力を過大評価する傾向があるというものだ。なぜなら、能力が低いということは、自分の誤りを認識するメタ認知能力も低いことを意味するからだ。
エコーチェンバーは、この効果を加速させる。
結果として、本来なら「自分の誤りに気づく機会」が、根こそぎ奪われる。
自己改善の機会を失うだけ。
この一文の重さを、若い世代にこそ理解してほしい。
反論や批判を受けると、防衛本能が働く。感情的に言い返したくなる。それは自然な反応だ。
しかし一度立ち止まって、こう問うてみてほしい。
「この批判の中に、自分が見えていなかったものはあるか?」
批判を「攻撃」として受け取るか、「情報」として受け取るかで、その後の成長速度は決定的に変わる。
偉大な業績を残した人々の多くは、厳しい批判と向き合い続けた人たちだ。ダーウィンは『種の起源』を発表する前に20年以上かけて反論を検討し続けた。アインシュタインは相対性理論への批判に対して、怒るのではなく論理で応じた。
賢い人は批判を嫌がらない。むしろ、批判のない環境を恐れる。
以下は、SNSで発信する際に若者が意識すべき問いかけだ。
投稿前のチェックリスト
人は自分より賢い人間との対話によってのみ、本当の意味で成長できる。
「いいね」を集める快楽は、ドーパミンの刹那的な放出に過ぎない。しかし、鋭い批判と真剣に向き合った後の「気づき」は、神経回路を永続的に書き換える。
どちらを選ぶかは、あなた自身が決めることだ。
しかし知っておくほうがいい。
賢い人間は、あなたの「いいね」の数など見ていない。あなたが何を読み、何を考え、どう変わり続けているかを見ている。
そして最終的に、人生で実質的な価値を生み出すのは、後者の積み重ねだ。
「無知は恥ではない。無知に気づかないことが恥だ」——ベンジャミン・フランクリン