知らなければ怒らず済むこと、知らないでいるのはいい事かな?
自分の知らない所で馬鹿にされている。
それもマヌケな気がする。
じゃ、知ってしまって激怒する事になったら?
激怒するのも愚かな気もする。
全てを冷静に見つめ、客観的判断ができる自分でありたい。
なにかを成し遂げるには当然積み重ねが必要です。
積み重ねとは当然年数です。
もう一つはその質です。
質の高い努力を重ねるならば年数は必然的に短くなり
質が低いと、、、永遠に辿りつけないかも知れません。
よい努力をするためには智慧が必要です。
本を読んだり先人に学んだり。
そしてその情報が正しいかを精査するだけの基礎知識も必要です。

人に褒められるのはモチベーションが上がりますね。
しかしワンランクアップを狙うのであれば、自分で評価してモチベーションを上げられるようになりたいです。
その評価が正しいもので、尚且つ自分が達成した事に満足が出来ると、誰にほめられるわけでなくモチベーションを上げることが出来るでしょう。
天才と呼ばれる人たちは、天才が故に理解されることなく正当に評価されないことがあります。
しかし彼らは自己の中から物事を生み出す種類の人なので、自己で自己を評価しモチベーションを上げることが出きる人が多いように見受けます。
評価されない人生の中でも、成功の実績を積み重ねていく上で耐性が形成されるのかも知れません。
ココでの注意点は、自己評価を誤って実績を単なる自己満足で終わらせてしまうこと。
自己満足の勘違い人間にならぬように、何らかのガイドラインを持ちたいものです。
物事真剣にやると、辛い時間が長いし、ホント面白くない。
どんなにヤッても先が見えない時もある。
我慢に我慢で心が折れそうになることもある。
でも。
その先に達成に至ったときの喜びは、ショボい遊びのクダラナイ愉しみとは比べも似にならない。
真剣にやる、っていうのに自分の都合言ってちゃ達成には及ばないだろう。
達成っていうのは、自分のワガママ通す事じゃない。
世の摂理がどうなっているのかを理解することだよ。
真剣にやってるって言いながら、ただの自己満足の人、おおいよね。
人を悪く言わないのは、多分自分のためでしかないと思う。
人を悪く言うとソレを見ている周りからの自分の評価が下がるし、
気分を悪くした人から反撃を食らったりもする。
じゃ、事実をそのまま遠慮なく言う事はどうだろう?
一般的に多くは「ストレス発散」が目的だろう。
良いように大義名分取り繕い、人を悪く言うことを正当化する人も居るが、
多くがストレス発散打と思う。
多く以外の一部の人は何だろう?
公益とその人の為を思うから??
悪いことは悪い。
デブはデブ
バカはバカ
そういう事によって、
痛いところを触られず目を背け生きる人へ意識を改めるよう訴えかける??
当の本人にとってはいくら現実から目を背けても、溜まった宿題と化した現実が襲いかかる。
デブはもてない
バカは稼げない
かと言って。
ネガティブサイドの特性を持った人間に
何かしら指摘しても治らないもんだ。
治るくらいなら最初からそうなってない。
多分
人の欠点には触らないで生きていたほうが、こちら側は幸せなのだろう。
差別だへったくれだ騒いだ結果。
国を守らなければ不幸が降りかかるのが分からない奴らは黙って欲しい。
そんな奴こそピンチになったら更に騒ぐ。
騒いでも何も解決しない。
一流への道について参考までに経験値を書いたけど、
あれって、努力や能力よりも、その人の性格の問題が強いと思う。
達成するには継続が必要なわけで、
いつまでも考え続けるのも、努力で出来るものじゃないし、
そういう性格の人が一流になっていくんだと思う。
で、ここで問題です。
一流=金持ちじゃない。
能力をお金に変換するのはまた別の能力。
金儲け上手い人はマネジメントが上手い。
能力者ってのはどっちがってーと愚直。
愚かでまっすぐ。
さて君は、金持ちになりたいのか、一流になりたいのか。
まぐれでITバブル掴んだワシは両方をある程度知っている。